安田理央の「いい大人」

第26回 エロ雑誌創刊号コレクション

2012年07月30日




 最近、やたらと「エロメディアXX年史」みたいな特集の仕事をやることが増えました。で、こういう時に役に立つのが、普段からコツコツと古本屋を回って集めている古雑誌なわけですよ。単なる趣味じゃなくて、ちゃんと仕事に活きてるのです。
 で、こういう特集で雑誌の表紙を掲載する時、やっぱり創刊号を載せたいという気持ちがあります。何号でもいいじゃん、という意見もあるでしょうが、ここはやっぱり創刊号にこだわりたいんですよね。
 ま、そういう仕事を別にしても、雑誌コレクターとしては、やっぱり創刊号は別格でして、古書店でもプレミア価格を付けて売っていることが多いですね。くー、人の足元見やがって! なんて思いながらも、ついつい買ってしまったりしまいます。
 そんなわけで、今回は僕の創刊号コレクションの一部を紹介しますね。

 僕は、基本的に自分が読んでいた80年代以降のエロ雑誌を中心に集めているのですが、持っている中で最も古いメジャーどころの創刊号というとこれになるかな?

「Pocketパンチ Oh!」(平凡出版 1968年)。

「Pocketパンチ Oh!」(平凡出版 1968年)

 言わずと知れた平凡パンチの別冊で新書版サイズが特色。結構エロかったという話なんですが、この創刊号では、女性のヌードはほとんど無く、なぜか男性モデルのヌードグラビアがあります(笑)。ちなみにこの新書版サイズは、後に「SMセレクト」に代表されるSM雑誌の定番サイズになりましたね。

 70年代だと、「GORO」(小学館 1974年)があります。

「GORO」(小学館 1974年)

 創刊号の目玉はデヴィ夫人のヌード。撮影はソフトフォーカスの巨匠デヴィッド・ハミルトンです。この時34歳とのことですが、大変綺麗です。あと研ナオコのセクシーグラビアなんてのもあったりして。
 しかし、この創刊号、とある古本屋で購入したのですが、包んであるビニール袋にマジックで書いてあった「3500円」の文字がしっかりと表紙に写っちゃってるんですよね。ビニールに染みちゃう年月って相当なものですよ。いったい何年飾られてたんでしょうか……。これ、買う時に気づいたら、クレーム付けて安くしてもらえたのになー(笑)。
 ちなみに、「GORO」は1991年の終刊号も持っています。雑誌コレクターとしては創刊号と同じく終刊号も持っておきたいものなんですよね。

「GORO」は1991年の終刊号も持っています。雑誌コレクターとしては創刊号と同じく終刊号も持っておきたいものなんですよね。

 こちらの表紙は当時17歳の宮沢りえ。この年の11月に『Santa Fe』を出すことになるわけで、正に人気絶頂期です。他にグラビアは八木小織、キューティ鈴木、相沢なほこ、板谷祐三子など。

 70年代ギリギリの1979年創刊なのが「S&Mスナイパー」(ミリオン出版)。

1979年創刊なのが「S&Mスナイパー」(ミリオン出版)。

 表紙が大西洋介、巻頭カラーイラストが奥平イラ、と後のサブカル路線を彷彿とさせますが、その後は団鬼六御大の小説や廃屋での緊縛グラビアなど、割りとオーソドックスなSM雑誌だったりします。スナイパーが本領を発揮するのは、もう少し後になってからですね。
 スナイパーの終刊号もありますよ。2009年。発行は1998年から姉妹会社のワイレア出版に変わっております。

スナイパーの終刊号もありますよ。2009年。発行は1998年から姉妹会社のワイレア出版に変わっております。

 末期はDVDをつけたりと試行錯誤をしていたんですが、ついに力尽きたという感じ。80年代には十数誌も乱立していたSM雑誌も既にほとんど消えていたという時期でした。90年代以降は僕もちょくちょく仕事をさせてもらったんですが、やっぱりスナイパーに書けるということは、嬉しかったですね。

 さて80年代は僕の得意分野なので色々ありますよ。
 まず1981年創刊の「写真時代」(白夜書房)。

1981年創刊の「写真時代」(白夜書房)。

 写真雑誌の皮をかぶった過激エロ本といいますか、濃厚サブカル誌といいますか、今見ても強烈です。荒木経惟の3つの連載はもちろん、森山大道の鮮烈なショット、清岡純子の少女ヌード、そして心霊写真やフリークス写真、女装写真とまったくもってカオスです。陰毛やら性器やらが写ってることが多くて、それ目当てで買ってる人も多かったですね。まぁ、そのために1988年に休刊を余儀なくされるわけですが。

「スコラ」(スコラ)は翌年の1982年創刊。

「スコラ」(スコラ)は翌年の1982年創刊。

 グラビアは古手川祐子に岡江久美子、斎藤慶子、田中好子。今や、はなまるマーケットでお馴染みの岡江久美子さんのセミヌードとか、先日お亡くなりになったスーちゃんのセクシーショットとか、感慨深いものがありますねぇ。丸山健二から、所ジョージ、大友克洋、島田紳助、赤塚不二夫、野田秀樹、田原総一朗、松田聖子、徳光和夫、藤原新也、景山民夫など、バラエティに富み過ぎる面々をフラットに並べたコラムページも圧巻。いや、それにしても亡くなった方が多いのも、時代を感じますね。
 90年代の後半には、僕もずいぶんスコラで仕事させてもらいました。フリーになりたての頃でライターとして育ててもらった雑誌といってもいいくらいです。
 しかし、発行元のスコラ社は1999年に倒産。新たにスコラマガジンという会社が立ち上がり、そこから新創刊されます。これがその新創刊号です。

発行元のスコラ社は1999年に倒産。新たにスコラマガジンという会社が立ち上がり、そこから新創刊されます。これがその新創刊号です。

 表紙は藤原紀香。前スコラ社倒産にまつわる未払金をめぐる連載コラム「奥村ヒフミのスコラ債権者委員会」がアナーキーで面白いです。僕もたくさん書いてます。しかし、この新生スコラも、あまり業績はよくなく、その後も休刊・再創刊を繰り返し、2010年で消滅したようです。

 1983年に創刊した「ペントハウス」(講談社)も出版社が変わって再創刊した雑誌です。

1983年に創刊した「ペントハウス」(講談社)も出版社が変わって再創刊した雑誌です。

 もともとはイギリスで1965年に創刊された男性誌で、その日本版として講談社から発売。創刊号の目玉は三越の岡田茂元社長のインタビュー。35歳の菅直人を本宮ひろ志が紹介するなんて記事も。本誌は露骨なエロが売りだったのに、日本版はかなり硬派な印象です。一応「月刊プレイボーイ」の対抗馬という感じでしたね。その後は袋とじ付録を売りにしたエロ路線に転身するも、1988年で休刊。
 そして1995年にぶんか社から「ペントハウスジャパン」として再創刊されます。

1995年にぶんか社から「ペントハウスジャパン」として再創刊されます。

 こちらの新生「ペントハウス」は、最初から軟派路線。巻頭が南果歩のヌード(でも、ヌードは後ろ姿が一枚のみというのは詐欺っぽい)、元セイントフォーの濱田のり子、元桜っ子クラブの安井小径のヘアヌード、素人女性の自宅ヌードなど、ヌードが満載。中でも月蝕歌劇団の一ノ瀬めぐみのヌードが素晴らしいです。
 で、この「ペントハウス」なんですが、その後本誌との契約が切れて「ペントジャパン」となり、さらに「ペントジャパン」は休刊するも、派生誌の「ペントジャパンスペシャル」が現在も存続しています。ちなみに完全に人妻エロ雑誌です。

 ここまで現存してる雑誌はなかったんですが、これはまだ健在です。「ビデオ・ザ・ワールド」(白夜書房 1983年)。

ここまで現存してる雑誌はなかったんですが、これはまだ健在です。「ビデオ・ザ・ワールド」(白夜書房 1983年)。

 AVの雑誌としては一番早かったのかな。でも創刊号を見てみると、巻頭グラビアは木元ゆうこというアイドルだし、エイズの記事や麻薬捜査のルポ、インドのフォトレポート、死体写真と、AVと関係無い記事が大半。まぁ、まだAVのリリース本数自体も少なかったんでしょうけど。この後、「ミス本番 裕美子19才」(宇宙企画)でAVに革命を起こす田所裕美子ちゃんのヌードグラビアが嬉しかったですね。うん、今見ても可愛いや。

 女優の顔に水をぶっかけた表紙のインパクトがすごかったのが「ザ・ベストマガジン」(KKベストセラーズ 1984年)。

女優の顔に水をぶっかけた表紙のインパクトがすごかったのが「ザ・ベストマガジン」(KKベストセラーズ 1984年)。

 この創刊号では大原麗子がぶっかけられてます。コンビニ売りエロ本の代表的な存在となり、最盛期には100万部を突破したなんて話も聞くほどヒットしました。「ザ・トップマガジン」「ザ・ヒットマガジン」なんて、パクリ雑誌も一杯出ましたねー。こちらも、ペントハウス同様、本誌は休刊して、派生誌の「ザ・ベストマガジンスペシャル」「ザ・ベストマガジンオリジナル」が存続中。

 後のブルセラブームの原点というべき存在の雑誌が「すっぴん」(英知出版 1986年)。

後のブルセラブームの原点というべき存在の雑誌が「すっぴん」(英知出版 1986年)。

 AV女優中心の「ぺっぴん」からの派生誌ですが、こちらは中高生の水着中心。この創刊号は当時、僕も買って「愛用」しましたが(笑)、とにかく巻頭の大塚真美ちゃんの水着グラビアが可愛いんですよねー。10代少女の水着、それもビキニよりもワンピース中心というのが新鮮でした。当時、女子高生をテーマにしたエロ雑誌は結構あったんですが(この創刊号でも、「女子高生雑誌総評」なんて企画をやってます)、どれもエロ色が強すぎて、あんまりピンとこなかったんですよね。そんな中、この「すっぴん」の透明感はよかったですねー。

 最後に昨日入手したばかりのお宝を自慢させて下さい(笑)。いや、これを買ったので、この企画を思いついたんです。
「ヘイ! バディー」(白夜書房 1980年)の創刊号です。

「ヘイ! バディー」(白夜書房 1980年)の創刊号です。

「ヘイ! バディー」と言えば、80年代ロリコンブームの代名詞的な雑誌。当時は黙認されていた少女のワレメが大々的に写っていたり、水浴びする少女のヌードを盗撮したりと、今では絶対に考えられない過激な内容で話題になっていました。
 ちなみにこれが終刊号(1985年)。

「ヘイ! バディー」これが終刊号(1985年)。

 少女のワレメもやっぱりワイセツという、当たり前の規制の影響を受けての休刊でした。休刊号の編集後記には「三年ほどで、得た結論は、ロリコン=ワレメでした。どんな情報も企画も一本のワレメには勝てません。読者のほとんどが性器が見たくてしかたのない、単なるスケベでした」と書かれています。ロリコンじゃなくて、単に無修正の性器が見たかった読者が多かったということですね。
 で、その伝説の「ヘイ! バディー」ですが、創刊当初は普通のエロ雑誌で、少しずつロリコン路線に変わっていったという話は聞いていたのですが、ロリコン路線以前の誌面というのは見たことがなかったんですね。
 ところが、昨日、ふと立ち寄った古本屋でこの創刊号を発見。洋ピン女優の表紙からもわかるように、本当にただのエロ本でした。ストリップやトルコ風呂の記事だのロマンポルノ10週年の記事だの都内パンチラスポット紹介だの、あんまり面白くもない普通のエロ本。
 それでも、やっぱり貴重だと思うと大枚はたいて買ってしまうのがコレクターの性なのでありました。表紙も初めて見たもんなー。

 それでは最後に、僕がこの業界に入って最初に携わった雑誌の創刊号を。
「THE BOO!」(日本文芸社 1987年)

「THE BOO!」(日本文芸社 1987年)

 アイドル雑誌であります。いやー、表紙が14才の後藤久美子ですよ。僕もこの時、まだ19才でしたけどね(笑)。この雑誌でAVの紹介ページを担当したことが、僕がエロ業界へ足を踏み入れるきっかけになったのでした。
 んで、この雑誌はちょうど一年で休刊になったのでした。


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